フーガの奈良県香芝市良福寺地区・二上山・大津皇子の悲劇・ローガンに関するカスタム事例
2019年07月23日 15時32分
フーガに乗って6年半になりました(_ _) ええ年こいて未だに車いじり止めれません(^_^;) 匍匐前進で進化していきたいと思うので( ̄▽ ̄;) ヨロシクお願いします(_ _) 注)基本来るものは拒まず去るものは追わずですが(^_^;) 1度も投稿の無い人は受けませんので(>_<) (お礼のコメント入れられないので)(^_^;) 1度投稿してからフォロー頂けたら助かります(⌒0⌒)/~~ (お礼のコメント入れられるので)(^_^;)
こんにちは(⌒‐⌒)
今回も7月20日(土)に山⛰️バックに撮りました(⌒0⌒)/~~
真おちり(笑)(⌒0⌒)/~~
場所は奈良県香芝市良福寺地区になります(⌒0⌒)/~~
農道に車を入れて二上山をバックに撮りました(⌒0⌒)/~~
先程より南側に来ましたので雌岳も見えます(⌒0⌒)/~~
この角度が二上山は一番美しいかも知れませんね(⌒0⌒)/~~
二上山には大津皇子の墓があります(・・;)
大津皇子は、天武天皇を父に天智天皇の長女・太田皇女(おおたのひめみこ)を母に持つ皇子で、文武共に優れていたそうです(⌒0⌒)/~~
農道斜めに寸止めして斜めおちり(笑)(⌒0⌒)/~~
高貴の身分に奢る事も無く、誰からも愛されていたと、『懐風藻』や『日本書紀』は伝えられてるそうです(・・;)
しかし、謀反の嫌疑をかけられ、24歳の若さで自害に追い込まれたそうです(・・;)
大津皇子の遺体が二上山に移し葬られる時、姉の大伯皇女(おおくのひめみこ)が哀しみ悼んで詠んだ歌が二首あります(・・;)
真おちり(笑)パート2(⌒0⌒)/~~
『現世の人である私は、明日から二上山をわが弟の君であると見て偲ぶだろう』
そして
『岸のほとりに咲く馬酔木を手折ろうと思うけれど、見せるべきあなたはもういない』と詠ってます(・・;)
そびえる二上山を見ないようにして暮らすのは、さぞ至難であったんでしょうね(・・;)
弟を山に重ね見る大伯皇女の辛さが伝わりますね(・・;)
斜めフレーム斜めおちり(笑)(⌒0⌒)/~~
大津皇子には、石川女郎(いしかわのいらつめ)という、心から愛する女性がいたそうです(・・;)
『あしひきの山の雫に妹を待とて私は立ち続けて、山の雫ですっかり濡れてしまった』とうたっているそうです(・・;)
big斜めおちり(笑)(⌒0⌒)/~~
この歌の内容は(・・;)
男が女の元に通う風習があった時代に、身分の高さをいとわず山の雫に濡れながら愛しい人をひたすら待ったとあるそうです(・・;)
石川女郎は、大津皇子の皇位継承のライバルであった草壁皇子にも慕われていた(・・;)
なんとも皮肉な三角関係やったそうです(・・;)
ハメたんそいつちゃうんかいな( ̄▽ ̄;)(笑)
真おちり(笑)パート3(⌒0⌒)/~~
今回は7月20日(土)に奈良県葛城市良福寺地区から大津皇子を哀しむ詩が残る二上山をバックに撮りました(⌒0⌒)/~~