レヴォーグのkazu sunagawaさんが投稿したカスタム事例
2022年05月23日 23時57分
北の大地の過疎地方都市に、父太郎と慎ましく暮らしていましたが、初めてのマイカーを8年フルローンで手に入れ、盆栽のように維持しています。 自分には身分不相応の車を買ってしまい、洗車ばかりであまり乗れずにいますが、車に纏わるエピソード等を書いていきたいです。 一回消してしまい再挑戦です!
一回目の投稿です!
初めまして、スバルレヴォーグに乗っています。
とはいっても、去年少しやっていて、数ヶ月でとある事情で消してしまいました。
前回は、結構長文を投稿して自己満足してしまい、中途半端になってしまいましたが、今回は少し投稿するネタも増えましたので、また同じようなことも振り返りつつ、巧く纏めることができればと思っております!
納車したのは、去年の3月下旬で、いわゆるスバルのA型で色々ありそうですが、自分的には非常に満足です。
初めてのマイカーをフルローンで買うので、インターネットで調べまくり、普通なら中古のK自動車を選べば無難なのですが、結局この車一択になってしまいました。
スズキハスラー、トヨタヤリスクロロスも一応考えたのですが、スバルレヴォーグを指名買いした経緯の内訳には、少しだけ自分自身の過去の事柄が影響しているようでした....。
グレードは一番低いGT一択でした。
一番安い金額というのもありましたが、少なくとも10年は乗ることを考えた時、パワーバックドアや電子制御サスの故障するリスク、内装が個人的に好みではなかったことが決め手だったのです。
しかし、色々オプションを着けてしまい結局総支払い額は結構高くつき、買ってからも、そのまま吊るしのままでは乗ることが嫌で、様々な部品を付けたくてしょうがなくなってしまいます。
その訳は、VN5型のレンタカーをちょくちょく見かけるようになったからでした。同じ色のわナンバーれナンバーをよく見かけるようになると、ほぼ自分の車と見分けがつきません。その最大の要因はGTグレードの純正ホイールです。
なので、自分は純正ホイールを冬タイヤにまわし、純正タイヤにウェッズスポーツのSA77RのWBCカラーというホイールを装着しました。
このホイールは少し失敗でした。黒色ぽいのでただでさえ小さく見えるのに、デザイン的にも2本のスポークが少し閉じていくような形状で、純正ホイールより小さく見え、タイヤがむっちりしています。人気がなかったのか今年廃盤になっていました!
結局、冬にはレンタカーのようになるので、このホイールを冬タイヤにまわし、18インチホイールとタイヤが欲しくてたまらなくなってしまいます。
ミラーカバーも変更しました。
当初、某通販で買ったカーボン柄のを被せたのですが、ひと冬越すと何故か塗装が劣化してしまい、黒に自家塗装です。上手くいかず、若干マットになってしまいました。
最初から純正黒にしておけば....。
昨年初秋、とある公園で撮りました。
純正車高なのでブロックも平気です。ちょっと腰高に見えるのですが、冬のことを考えると下げられないかもしれません。
現在の多様な価値観を重んじられるような時代に逆行しているかもしれませんが、自分はやはりマイカーはステータスだと考える世代です。
しかし、過去の自分には到底縁のないものでした。
自分は一度も車を所有することがない家庭で育ちました。自分の子供の年代では一家1台は当たり前のようであり、公共交通機関の充実していない地方都市では必須だったのです。
しかし、JRとバスはあり遠出しない限り徒歩と自転車で充分事足りた日常でした。そんな家庭だったので、自分は当然のように中卒で働き始め、職を転々とすることになります。
職業訓練校に通った時、一般的には乗用車の運転免許が就職には必須であることを初めて知り、かなりの年月のローンを支払い運転免許を取得しました。それは確かにその後の転職に役立ちましたが、自分のプライベートで車を持つことは考えられませんでした。
自分の移動手段は、近年まで自転車が主力だったのです。勿論今でも乗っています。
とはいっても、そこら辺にある大量生産されたシティサイクルが自分の愛機であり、まるでボトムズのスコープドッグのように今まで何十台も乗り潰してきました。
当時安価なシティサイクルは、大陸製でありその頃の大量生産品は耐久性がなく、ペダルを漕いでいる最中に空中分解してしまうこともあり、道端に不法投棄し、新たな打ち捨ててある自転車を拾って修理して乗ったりしていました。
ある時、知人から壊れ気味の原付スクーターを譲ってもらったことがありました。
ガソリンも少し入っており、乗用車の免許をもっていた自分はすぐに乗って、その快適さ加速性能に感嘆しました。全く体力を使わずあっという間に移動できることは、こんなに便利なんだと体感しましたが、と同時にそれは当たり前ですが金銭との対価でした。
スクーターはある程度走るとガソリンもなくなり、同時に煙をはいて止まってしまったのです。
当時の自分は、体力を使い遅いが圧倒的に金銭のかからない自転車があれば充分と考え、どこかにスクーターを不法投棄したのでした。
勿論無理をすれば、当時の若い自分でも激安中古車を買うことができたでしょう。周りの友人もほとんど車を所有しており、自転車で遠出もする自分は随分揶揄されたものです。
悔しい気持ちもありましたが、スクーターの件もあり、ローンを払いつつ維持をしローンを支払い終えない内に故障したりして、到底所有し続ける気がしませんでした。
どこかの蕎麦畑のような所に無断で入って泥だらけになりました。熊が出そうで怖かったです。
過去の若い自分には、今の自分にはない気力と体力があり、シティサイクルで休日に遠出することも少なくありませんでした。
地方都市に住む自分には、兎に角大都市部への強烈な憧れがあります。
中卒で初めて働いた所が大都市部の完全なブラック零細企業で、半年近く休みも貰えず1日10時間以上働かされ風邪をひいても病院にすら行かせてもらえず、体調を崩し辞めた苦い思い出があります。自分が若い頃は今よりずっと労働基準が緩い時代でした。
結局、両親の住む地方都市に逃げ帰った自分ですが、大都市部への憧憬みたいな残滓が燻り続けます。
大都市部では、初夏に音楽と踊りに彩られる大規模な祭りが恒例になっていました。
自分はそれを生で見たいと思い、懐の寂しかった自分は連休に自転車で旅立とうと計画しました。
しかし片道100km以上はある道のりなので、若い自分は夕方出発し疲れたら夜どこかで野宿しようと、自転車にペットボトル一つ籠にいれ、財布だけを持ってワクワクしながらペダルを漕ぎまくりました。
夜になり、流石に疲れた自分は大都市部の周辺都市に着いたこともあり、適当な公園を探し、ベンチの近くに自転車を停め、そこで野宿しようとベンチに横になりました。
結構広い公園らしく、遠くで若者集団がキャッキャ言いながら花火をする音が聞こえます。
街灯はありますが結構暗く、若者集団は花火を終えたらしく静かになっていました。自分は疲れていたこともありウトウト眠りかけます。
幸い気温は温かく野宿でも平気そうでした。
その時、突然自分に何かが近付く音が聞こえたと思ったら、
ウラアアアアアアアアッッ!!!
という怒号と共に何かが襲ってきたのでした!
ウトウトしていた 自分は、咄嗟にこの世のものざる者かと思い飛び起き、暗闇のなか恐怖で逃げだしました。
街灯の光で見えたのは、襲ってきたのが
何かの棒を持った人間であり、後でわかったのですが、この公園で暮らしているホームレスだったのです。自分を島を荒らしにきた新参者だと勘違いし、夜襲をかけてきたのでした。
確かに自分はみずぼらしい格好をしていましたが、決してホームレスではありません。同じ雰囲気の人間に見えたのなら心外です。
自分は愛車を置いて逃げてきたこともあり、戦う覚悟を決め、逃げながらも武器を探しましたが木の枝しか落ちていませんでした。
対戦相手は、鉄パイプのようなものを振り回して寄声を発し続けています。
しかし、そこに思わぬ助けが入ります。
先程花火をしていた若者集団が、偶然通りかかり 寄声を聞いて 、何があったのかとかけつけてくれたのでした。どうやら花火を終えて、コンビニで買い物した帰り道だったようです。
多勢に無勢なのでホームレスは逃げて行きました。
自分は礼を言い、しかしながらこの公園では野宿できないので自転車を置いた場に戻ろうとしたところ、ホームレスを追い払い興奮していた若者集団がこれからどこへ行くのか聞いてきて、今までの経緯を話すと、何故か面白がり、これから家で宴会するから来ないかと誘われたのでした。
これ以上野宿する場を探すのも面倒だったので、いいのう?(*゚∀゚)
と言いつつ喜んで見知らぬ若者集団の家にお邪魔したのですが、ちょっと付き合って直ぐ寝るつもりが、若者集団の大騒ぎの宴に朝まで付き合わされ、少しだけ眠って慌てて起き、皆が酔い潰れて折り重なっている宴の残骸の場を黙って出てきたのでした。
自分の目的は、大都市部の圧倒的な人口密度による、祭りという自分の住む所にはない、人間の集団のエネルギーの輝きのようなものを観ることです。
しかし、自分は寝不足であり自転車でここまで来て疲れたこともあり、踊り狂う様を少しだけ見て直ぐ帰路につきました。一時間も会場にいなかったと思います。
あの音楽と踊りは、強烈な自己表現です。踊り終えた人達は、さぞやりきった充足感を味わえることでしょう。でも、見ている自分は、何だか自分が空っぽなような気分になり、何故かせっかく遠くまで来たのが虚しくなったのでした。
シティサイクルは重く、帰路はより時間がかかり、やっとの思いで家に着いて直ぐに寝たような記憶があります。
そんな日常の中、ある人との出会いで、自分の人生が少し方向修正されることとなります。