718 ケイマンのポルシェ・日蓮宗 正法寺・小西壇林・外房に関するカスタム事例
2021年11月28日 07時05分
いいね!をいただいた皆様、フォローしていただいている皆様どうも有難うございます❗️ 初めて購入した車が新車で買ったゴルフ2。それから、かれこれドイツ車ばかり20台近く乗り換えています。E46やE90、オペルなんかも乗りましたが写真がほとんど残っていません。 ということで、自分の自己満足の為だけに写真をアップしています😅 そんな…車好きのちょい悪オヤジですが、宜しくお願いします。 フォロー数稼ぎの方はご遠慮ください。
ひでろーの神社仏閣シリーズ😆
って、勝手にシリーズ化しています❣️
もう第何弾になるんだろうってくらい神社仏閣の投稿しちゃっていますが…
今回は大網白里市にある正法寺(しょうぼうじ)です😊
Wikipediaによると💁♂️…
『日蓮宗の檀林(小西檀林)が開かれ廃檀まで290余年間隆盛を極めた。飯高檀林・中村檀林とともに「関東三大檀林」と称された。最盛期には学僧900余人が学んでいたと記録が残る』
要は、日蓮宗の僧侶の学校というか養成所って感じのところだったわけです😆
900人以上の僧侶がココに居たって、凄いですよね〜😵
山号は妙高山です。
「妙高山」の扁額は、後西天皇皇女「理宝の宮」の手によるもので菊の紋があります。
他のサイトをググると💁♂️…
『日蓮宗寺院の正法寺は、妙高山と号し、日蓮宗の本山です。正法寺は、小西城主原胤継が、長禄2年(1458)日意上人を本土寺より招請して開山、天正18年(1590)には日悟が檀林(僧侶育成学問所)を設置、翌年には関東に入国した徳川家康から寺領20石を寄進されたといいます。地名より小西檀林と称され、学僧九百人余を擁していました。本堂は、寛文4年(1664)に幕府より寄贈され東金御殿を、寛文11年移築したもので、大網白里市有形文化財に指定されています。明治維新後、檀林は廃したものの、日蓮宗の由緒寺院とされる日蓮宗の本山寺院です。』とあります😊
中門横に案内板があり、正法寺の講堂などの説明があります😊
明治6年の大火🔥で講堂は消失してしまったとのことです。
こちらの中門は、延宝6年(1678) に徳川家綱公が200両を寄進し建立されたものです😊
こちらは中門の正面にある鐘楼堂ですね〜
この鐘楼堂も田舎の寺にしては立派ですよね😆
さすが、関東で3本の指が入る🤌
じゃなくて…3本の指に入る僧侶の学校だったわけですね😅💦(お下劣過ぎてアウト〜)
木々の影になって見づらいですが…
こちらが当時の小西壇林の略図の案内板です。
900余名がいたわけですから、相当な大きさだったんですね〜😁
中門をバックに718ケイマンと🤗
明日この続きを投稿します‼️