デルタ未練さんが投稿したカスタム事例
2024年10月06日 03時27分
70スプリンター→86トレノ→FC3S→デルタEVO2→NA8Cと乗り継いで、自身の愛車なしの今は〝1/43ミニカー〟で我慢の日々😓 クルマ移動時は、妻の愛車・ブルーヴォラーレの500を借りて😓
「FC3S/サバンナRX-7」
1991年のル・マン24時間レースにおいて、日本車として・ロータリーエンジン車として・レシプロエンジン以外として〝初〟の総合優勝を成し遂げたマツダ787B。
その快挙に感動し、翌1992年4月に愛車となった後期型FC3S/サバンナRX-7。
1991年10月にFD3Sが発表され、1991年12月には販売終了となったFC3S。
ところが、1992年3月に地元ディーラーを訪れてみると数台のFC3Sが展示されており、購入を即決。
選択したグレードは、ビスカスLSDが標準装備されていないベーシックグレードの「GT-R」を選び、ディーラーで「∞」仕様のトルセンLSDを後付けしてもらった。
しかしその数年後、WRC/世界ラリー選手権で6連覇したランチア・デルタHFインテグラーレへの憧れが〝爆発〟してしまい、1回目の車検を受ける前にFC3Sとは〝サヨナラ〟することに。
前愛車の後期型86トレノには5年、後愛車のデルタEVO2(EVO II)には15年とそれぞれ長く乗っていたけれど、短命に終わってしまったFC3Sだった。