CYBERさんが投稿した座敷童ちゃんと観光・第二海堡・東京湾要塞・マリンルック・セーラー服に関するカスタム事例
2022年09月18日 17時03分
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座敷童ちゃんと観光
シリーズ第十二弾
第二海堡
海堡とは海の砦の事です。
ペリーの東京湾内の進行をすんなりゆるした事から。海外列強からの防衛の必要が出てきました。
明治時代の日本の大砲の飛距離が3kmである事から、千葉ー神奈川間の7kmをどうしてもカバー出来ない。そんな危機感から海上要塞を3つ造る事となり、それぞれを第一から第三海堡と名づけ建造を開始します。
しかし島を造ると言ってもそこは明治時代、
水深12m(第三はなんと39m)の海に人力で一つ一つ石を投げ込むという気の遠くなる作業です。結局島になるまでにかかった日数は大砲の配備を含めて25年かかりました。勘のいい人はお気づきでしょうが。25年も経つと大砲の性能も良くなって、十分湾内どこでも狙える様になってました(笑)当然、海堡要らなくね?となったのです。誰か止める人はいなかったんですかね?
運の悪いのは続くもので、やっと出来た9年後に関東大震災でほとんど壊れて使い物にならなくなり使用不可となりました。その後帝国海軍が借用し、(作ったのは陸軍)航空機用高角砲や、潜水艦検知の訓練場、海面の水雷起爆所などに利用されましたが、結局活躍はせずに終戦を迎えて、島上の施設は連合軍の戦後処理で爆破されたのです。
現在は国土交通省、海上保安庁、海上災害防止センターの3つの団体が利用していて、灯台の設置や気象観測、火災訓練などに活用されています。
長らく国有地として一般人の上陸を禁止していましたが、令和の時代に入り各種観光ツアーなどが組まれ、今後は埋没遺跡の発掘などに力を入れていくそうです。(第一海堡は、不発弾残留の可能性から未だ立ち入り禁止、第三海堡は水没)
第二海堡一番の撮影スポットだそうです。(笑)
イラストは、ついに海上要塞への上陸を果たした我が家の座敷童ちゃん、旧海軍のマリンルックに身を包み、国防の精神に目覚めたのです!(笑)
どうでもいいけど敬礼は右手だよ〜(笑)
オマケ