ゴルフトゥーランのフォルクスワーゲン・一松神社⛩・血🩸吸うたろか〜と🦟🦟🦟🦟🦟の大群が攻めてくる・NO WAR🙅♂️に関するカスタム事例
2022年08月11日 07時22分
いいね!をいただいた皆様、フォローしていただいている皆様どうも有難うございます❗️ 初めて購入した車が新車で買ったゴルフ2。それから、かれこれドイツ車ばかり20台近く乗り換えています。E46やE90、オペルなんかも乗りましたが写真がほとんど残っていません。 ということで、自分の自己満足の為だけに写真をアップしています😅 そんな…車好きのちょい悪オヤジですが、宜しくお願いします。 フォロー数稼ぎの方はご遠慮ください。
長生村の一松(ひとつまつ)神社⛩です😊
神社仏閣シリーズ第73弾です❗️
田舎にある普通の神社なんですけど、なかなか味わい深いですよ〜
大きく有名な神社仏閣を訪ねるのも好きなんですが…
こういった田舎の素朴な神社仏閣も風情があって良いもんです😊
まずは一の鳥居⛩から進んで行きましょう。
もちろんクルマは鳥居の前に置きっぱなしでは神様に失礼なので違う場所に移動しています😄
こちらは二の鳥居⛩です😊
文化十二年(1815)に造られたものです。
こちらが拝殿です😊
村の神社としては立派な造りですよね❗️
拝殿は開いていますが、どなたもいません。
社務所も無いので、誰かが開け閉めに来ているのでしょうか😃
こちらの一松神社の社殿は、長生村の指定文化財となっており…
もと第六天・諏訪両社といわれていました。
第六天神は寛治2年(1088)の創建と伝えられ、天正の末年ごろ、諏訪神社を合祀したといわれます。
社殿は、慶長 19年(1614)11月再建し、延宝のころから地頭内藤式部小輔正勝の守護があつく、寛保元年(1741)9月に内藤下総守大願主となり神官狩野播磨守保信の時に社殿を造営しました。
大工棟梁は一松の長左衛門、屋根棟梁江戸の一左衛門でした。
文化の初頭、拝殿、幣殿を消失しましたが…
文政2年(1819)9月拝殿、幣殿を再建しました。
神官狩野主善保吉の頃で、建築様式は千鳥破風つき権現造り、切妻型、瓦葺き、拝殿の向拝(ゴハイ)は二軒繁垂木、頭貫(カシラヌキ)虹梁、海老虹梁、広緑つき、本殿屋根は、千木、堅魚木であり彫刻が精巧だということです😊
一松神社の神占いであるお的式(長生村指定民族文化財)は、天文3年(1534年)正月4日に始まったといわれ、現在に至っています😊
和紙28枚を張り合わせて作った直径90センチのお的には、白と黒の六重の丸を描いたものを3 本の竹で支えます。弓を射るのは神主で、お的を15メートルくらいのところから射ます。
第1の矢は、この年の吉凶(神の矢)、第2の矢は、早生稲の豊凶(早生の矢)、第3の矢は(中生の矢)、第4の矢は、晩生稲の豊凶(晩生の矢)。
これらの神占いにより作柄を予想して種蒔きをします。
神社の年の初めに行われる神事の一つで、現在もそれぞれの子孫が受け継いでいるとのことです😄
「忠魂碑」がありました😊
午後ということもあって、🦟🦟🦟🦟🦟🦟が大群で攻めてきたぁ〜😣
まるで、「血🩸ぃ吸うたろか〜」と間寛平が攻めてくるようでしたぁ😅💦
本殿は改装工事が行われているようです。
訪れた日は日曜日ということもあって、工事はやっていませんでした😄