Shinさんが投稿したカスタム事例

港の第三倉庫

約束の時間…
21時を少し回った頃だった。

港の向こう岸壁を右手の方向からゆっくりと左側に光が映り込んで来た。

光の先は徐々に我々が待つ第三倉庫の方向に向きを変えて来る。

一本に見えた光は我々が待つ倉庫の正面に向くに連れて2本になった。それが車のヘッドライトなのだと確信する。

此方に来る車のエンジン音は静かで、排気音は静粛ながらも独特なツインカムサウンドを奏でてる。

その車はスピードは一定の速度を保ちながら、ゆっくりと静かに此方に向かって来る。

『来たぞ…』そう言うと真宏は海に向けてタバコを投げ捨てゆっくりと立ち上がる。

続いて俺も汚れたビールケースから腰を上げて軽くズボンを叩く。

『いいか、何度も言うが、もし相手が不穏な態度を見せたらお前は教えた道を使って逃げるんだ。俺が合図を出す。裏手に停めてあるバイクに乗って隠れ家に戻れ！２度とは言わん、俺の事は気にせずに死ぬ気で逃げろ』

俺は声には出さずに真宏の顔を見ながらこくりと頷いた。

ヘッドライトの光は段々と俺達の立ってる処まで距離を詰めて来た。いよいよだ。

数秒後、車は定期的で静かなアイドリング音と共に静かに俺達の2メートル程手前で停車した。その際、ブレーキの引きずりや異音も無く、偏ったフロントのノーズの沈み込み等は感じられなかった。暗くて車種は判らないが良く整備された車だと感じた。未だ新しい車なのだろうか？いや、だがライトの光は流行りのLEDでも無く、HIDでも無い。古い車を良く整備してあるのか？…

大事な取引前にそんな事を感じてる自分の冷静さに驚いた。大丈夫だ、俺は冷静だ。

車を停めたドライバーはエンジンを掛けたまま直ぐ様ヘッドライトをハイビームに切り替えた。そして同時に運転席と助手席のドアが開く。ルームライトは消してあるのか、ドアが開いても車内の様子は判らなかった。2人か？いや、後ろにも乗ってる可能性がある。

『2人だけだ』背後で真宏が呟いた。
流石真宏だ。状況の把握が飛び抜けて早く、俺の不安を瞬時に見抜いてる。

相手の男2人がゆっくりと車の前に立つ。運転席の男は肩幅が広くがっしりした体型。薄手のジャケットにジーンズ姿。助手席の男はスーツ姿。長身で手足の長い男だ。

ヘッドライトの前に立つ2人のシルエットが俺に2人の情報を瞬時に教えてくれた。狙うなら長身の男が先だ。勿論、言わなくても真宏はそれを見抜いてる。

運転席から降りた男がジーンズのポケットに手を入れながら俺達に数歩近寄り、低い声で『早く済まそう』と言った。

真宏が俺に顔を向け倉庫の方向に目を投げた。
第三倉庫のシャッターの前には、俺が事前に用意してあった折り畳みの机が有る。港の作業員が使うテーブルを昼間拝借して此方に移動させて置いたテーブルだ。

真宏が『こっちへ』と言うと同時に俺は鞄を持ってテーブルの方にゆっくりと歩き出す。

取引相手である長身の男も反対方向から鞄を持って歩き出した。大丈夫だ…何も起こらない。

俺はそう自分に言い聞かせながらテーブルの上に静かに鞄を置いた。間もなくして、相手の男がテーブルの上にドスンと鞄を置いた。

『カガッ』折り畳みテーブルの脚がコンクリートに反響して鈍い音を立てた。

港から吹く風が男のコロンの匂いを俺に被せる。俺は鞄のロックを解除して蓋を開ける。長身男も同じく蓋を開ける。倉庫の街灯に集まって来る虫を食べる為にコンクリートの壁を這ってヤモリが現れた…
そのヤモリが、相手の鞄の上に『ぽとり』と落ちた。男は微動だにしなかった。そして商品の上に乗ったヤモリを一瞬で手で払った。

俺達は身体を入れ替えお互いの商品の確認に移る。

真宏は長身男の背後に立ち、ガタイの良い男が俺の背後に立つ。不穏な動きも気配も無い。

数分後、お互いの商品に問題が無い事を確認して初めての取引は完了した。

『じゃあ又』ガタイの良い男が背中を向けながら此方に手を上げ車に乗り込んだ。長身の男もスーツのボタンを外しながら車に乗り込んだ。

2人は滑り込む様に車に乗り込むと、バックして来た道を戻って行く。

クラウン…マジェスタ？いや、ライトの形状が違う。セド…グロ…シーマ？、いや、それ程に大型車では無い。アリストやマークⅡ三兄弟とかでも無い。日産車か？

そう考えてる間に、車はどんどんと離れて行く。
あれは一体何の車だろう。
判ったのは黒系の中型セダン…
とても良く整備されていた。

『章雄、帰るぞ！』

真宏に促されて俺達は港から離れて行く…
秋の海風が気持ち良く、俺の頬を移って行った。
取引は無事に終わり、緊張が解けて行く。

歩いてる内に身体の異変に気付いた。
ブーツに隠したナイフの場所が悪かったのか、ふくらはぎに少し痛みがある。

サックの位置を替えながら俺は未だあの車の事を思ってる…

あの車…なんて名前の車だろう…