フーガの興福寺五重の塔・猿沢池・南都七大寺・南都六宗に関するカスタム事例
2018年10月05日 19時26分
フーガに乗って6年半になりました(_ _) ええ年こいて未だに車いじり止めれません(^_^;) 匍匐前進で進化していきたいと思うので( ̄▽ ̄;) ヨロシクお願いします(_ _) 注)基本来るものは拒まず去るものは追わずですが(^_^;) 1度も投稿の無い人は受けませんので(>_<) (お礼のコメント入れられないので)(^_^;) 1度投稿してからフォロー頂けたら助かります(⌒0⌒)/~~ (お礼のコメント入れられるので)(^_^;)
こんばんわ(⌒0⌒)/~~
さっき上げた興福寺五重の塔を今度は猿沢池の畔から撮りました(⌒0⌒)/~~
変わり映え無いかも知れません今回は猿沢池入ってます(笑)
興福寺は南都六宗の一つ法相宗の大本山の寺院です(⌒0⌒)/~~
南都六相(なんとろくしゅう/なんとりくしゅう)とは奈良時代、平城京を中心に栄えた日本仏教の6つの宗派の総称。
奈良仏教(ならぶっきょう)とも言うそうです(⌒0⌒)/~~
南都六宗は、
1.三論宗(さんろんしゅう、中論・十二門論・百論)ー華厳宗や真言宗に影響を与えた。
2.成実宗(じょうじつしゅう、成実論)ー三輪宗の付宗(萬宗)
3.法相宗(ほっそうしゅう、由職)
おちり(笑)(⌒0⌒)/~~六相宗の続き(⌒0⌒)/~~
4.倶舎宗(くっしゃしゅう、説一切有部)ー法相宗の付宗(萬宗)
5.華厳宗(げごんしゅう、華厳経)
6.律宗(りっしゅう、四分律)ー真言律宗等が生まれた。
の6つが南都六宗に成るそうです。(⌒0⌒)/~~
内容打ってたら何故か北斗の拳が浮かんできた( ̄▽ ̄;)(笑)
ちょいメタル斜め撮りおちり(笑)(⌒0⌒)/~~
尚、当時からこう呼ばれてる訳では無く、平安時代以降平安京を中心に栄えた『平安二宗』(天台宗・真言宗)に対する呼び名である。当時はまだ寺院毎に特定宗派を奉じる寺院は少なかったそうです。(⌒0⌒)/~~
現在華厳宗の総本山とされる東大寺において、平安時代には別院(院家)として真言宗の『真言院』が置かれる等、次第に密教の影響を受けていく事になる。
現存するのは、『法相宗』『華厳宗』『律宗』の3つのみらしいです。(⌒0⌒)/~~
斜めおちり(笑)(⌒0⌒)/~~
興福寺は南都七大寺の一つに数えられます(⌒0⌒)/~~
南都七大寺は奈良時代に平城京(南都・奈良)及びその周辺に存在して朝廷の保護を受けた7つの大寺を指すらしいです(⌒0⌒)/~~
南都七大寺は(⌒0⌒)/~~
・興福寺(奈良市登大路)・東大寺(奈良市雑司町)
・西大寺(奈良市西大寺芝町)・薬師寺(奈良市西ノ京町)
・元興寺(奈良市中院町・芝新屋町)・大安寺(奈良市大安寺)
・法隆寺(生駒郡斑鳩町)の7つの寺になります(⌒0⌒)/~~
法隆寺が生駒郡斑鳩町なので唐招提寺(奈良市)を入れて南都七大寺とする場合もあるそうです(⌒0⌒)/~~
更に歴史的経緯(四大寺から増やしていったとする見地)からして西大寺の代わりに由緒ある川原寺(高市郡明日香村川原)(現在の弘福寺)を加える場合もあるそうです(⌒0⌒)/~~
今回はは猿沢池の畔から興福寺五重の塔をバックに撮りました(⌒0⌒)/~~